病室に置かれた封筒
夕方、病室のテーブルに1通の封筒が置かれていました。
「妊孕性温存(にんようせいおんぞん)についての専門病院への紹介状」と書かれていました。
Rをお風呂に入れていて席を外していたため、直接は受け取っていませんでした。
封がされていなかったので、中をのぞいてみました。
そこには「神経芽腫で治療中」……「原発巣が残っているため、長期的予後は厳しい。温存しても使わない可能性が高い」……と書かれていました。
読んでいるうちに、クラクラして変な汗が出てきました。
そのとき、Rに『からあげかってきて』と言われましたが、
「ごめん、今無理。途中で倒れちゃうかもしれない」としか言えませんでした。
温存に積極的ではなかった理由
正直、私は妊孕性温存についてあまり積極的ではありませんでした。
どちらかというと「反対ではない」くらいの気持ちでした。
理由は、これ以上Rに負担をかけたくなかったからです。
どんなに小さな手術も、妊娠・出産・産後の生活も心身ともに大きな負担になります。
実際に経験があるからこそ、想像がつきました。
そのため、やるべきとは思わなかったけれど、反対もしないという立場でした。
パパとの温度差
パパは温存に積極的でした。
「先生に妊孕性のことを聞いて」と、しつこいくらいに私に言ってきました。
正直、「自分で聞けばいいのに」と思っていました。
でも、いざ先生に会って「聞いた?」と尋ねると「忘れてた」と言うばかりでした。
私が聞きたくなかったのは、私が消極的だったからではありません。
先生の反応がいつもイマイチだったからです。
先生が“乗り気ではない”ことを感じ取っていました。
それでも先生もきっと、「無理です」「反対です」とははっきり言えなかったのだと思います。
そして、その後に届いたあの紹介状は、本当にきつかったです。
専門病院での説明
紹介先の病院に行くと、最初にカウンセラーのような方とお話をしました。
大量化学療法で生理が来ないこと、生後1歳未満で温存を行った子がいること、
費用や助成金のことなどを説明してもらいました。
そのあと、担当医と数人の医師がいる部屋に通されました。
アルキル剤をどれくらい使うかによって、月経がどの程度早く終わるか――
そんな表を見せられながら、
「この表の上限よりも多く使っても自然に月経が戻り、出産まで至った方もいます」
という説明もありました。
しかし、その後に聞いた言葉は想像していなかったものでした。
医師からの言葉
「Rちゃんは神経芽腫です。卵巣にもがん細胞がいる可能性があります。
それを何十年後かに身体に戻すことを、本人が本当に望むでしょうか?」
そして、
「どうしてもということであれば、“使わないことを約束して温存する”という形しか取れません。
ただ、医師としては治療に専念すべきと考えています。
長期的な予後もふまえて……温存についてはお断りします。」
簡単に言えば、そのような内容でした。
まさか、先生の口から「お断りします」と言われるとは思っていませんでした。
たとえ担当医が勧めていなくても、
「ご両親が望むならやりましょうか」という流れになるのだと思っていました。
やらなくてもよかった。でも、「できない」と言われるとは思っていませんでした。
その一言が、想像以上に重く感じました。
現実を突きつけられて
Rの病気は治らない。
その現実を、あのとき突きつけられたように感じました。
抗がん剤の副作用があるとき以外は、Rはいつも元気です。
だから、つい忘れてしまっていたのかもしれません。
再発の確率が高い病気であること。
そして、再発したら助かることはほとんどない病気であること。
“妊孕性”という言葉から始まった話が、
結果的に、“命の限り”を見つめ直す時間になってしまいました。